横田めぐみさんの父・滋さんが逝去。背景と影響は

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20/06/09 21:53

 

1970年代を中心に、主に日本海側の各地で北朝鮮の工作員に拉致(らち)されたとして世間を震撼させた北朝鮮拉致問題ですが、その象徴的存在となったのが横田めぐみさんであり、そのご両親でした。

 

初代拉致被害者家族連絡会の会長でもあり、めぐみさんの父親・滋さんがこのたび老衰のため逝去されました。

 

享年87歳でした。

 

背景は

 

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横田滋さんは1932年徳島市生まれで、1977年、日本銀行在勤中に新潟市で当時中学1年生だった長女のめぐみさんが下校途中に突然行方不明になり、その後それが北朝鮮工作員による拉致だったことが20年後の1997年に明らかになりました。

 

滋さんはめぐみさんの救出を決意し、同年に家族会が発足すると初代代表に就任、妻の早紀江さん(84)とともに拉致被害者帰還を求める運動のシンボル的存在となりました。

 

その5年後には当時の小泉純一郎首相が訪朝して金正日総書記と会談に臨み、拉致被害者の5人が帰還を果たしましたが、めぐみさんは死亡したとされ、迷宮入りとなってしまいました。

 

しかし、横田さん夫妻は様々な状況証拠からめぐみさんは生存しているとの信念で活動を続け、全国民からの支持と声援を受けながら頑張ってこられました。

 

今後の影響は

 

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滋さんの訃報に接し、安倍晋三首相は会見で断腸の思いであり本当に申し訳ない思いでいっぱいである旨語りました。

 

その上で、拉致被害者の帰国を実現するためにあらゆる努力を行う旨決意を示しましたが、これまでの経緯をみる限り、具体的な進捗の気配は見受けられていません。

 

滋さんはまさに拉致問題の象徴であり、政府や関係者の間でも大きな衝撃が広がっています。

 

拉致被害者の両親など関係者はいずれも高齢化が進んでおり、めぐみさん同様被害者の一人であった有本恵子さんの母、嘉代子さんも亡くなるなど、風化が進む傾向もみられ、全く拉致問題解決の糸口をつかめない首相に対する批判が強まる可能性も指摘されています。

 

まとめ

 

  • 北朝鮮による拉致問題の象徴的存在だった横田滋さんが逝去
  • 一向に進展しない拉致問題で、世間からあらためて政府への批判も
  • 被害者の親族は高齢化が進み、風化の懸念も

 

北朝鮮による拉致被害問題は、長年にわたり未解決の重大事件として国民を憤慨させ、また悲しませてきました。

 

そのシンボルであり、マスコミにも登場して第一線で解決へ向けて取り組んでこられた横田滋さんのご逝去は残念でなりません。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。